PACIFIC BASIN ECONOMIC COUNCIL
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Regional Vitality in the 21st Century
April 6-10, 2001 Tokyo, Japan
Mr. Hiroshi Matsumura
本日、私に与えられたテーマは「アジアとラテンアメリカの交流促進」であります。アジアとラテンアメリカの経済関係の基盤は貿易と投資であり、その交流の促進・深化は、両地域における経済規模の大きい国、具体的にはアジアにおける日本とラテンアメリカにおけるメキシコ・チリ・ペルー、さらにPBECメンバーではありませんがラテンアメリカの経済大国であるブラジルとの間の貿易・投資を、どれだけ拡大・深化することが出来るかという点にほぼ集約されると言っていいと思います。そこで本日は、日本とラテンアメリカ、特にメキシコ・チリ・ペルー・ブラジルの間でこれから新たに発展する可能性のある貿易の形を考え、そのために必要であると思われる点を指摘しながら、話を進めていきたいと思います。
1. 現状確認:アジアにとって遠いラテンアメリカ市場 まず日本とラテンアメリカの貿易・投資の現状はどうか、そして、その大きな原因は何かという点を簡単にレビューしておきたいと思います。まず現状ですが、貿易は2000年の日本の輸出が209億ドル、輸入が110億ドルであり、いずれも前年比伸び率は2ケタに達するなど足元では順調に拡大しています。ただし日本の貿易に占めるラテンアメリカのシェアをみれば、輸出が約4%、輸入はわずか3%弱と低いレベルにとどまっています。投資については、同じくラテンアメリカに対する日本の直接投資額は、主な投資対象国であるメキシコ・ペルー・チリ・ブラジルを合計しても99年度は約22億ドル、日本の全直接投資のわずか3%強を占めるにすぎません。 近年のラテンアメリカは順調な経済発展を遂げ、欧州・米国との貿易・投資が急拡大しています。貿易・投資の実績をみるかぎり、日本は、この潮流に乗り遅れたといわざるを得ません。 その原因でありますが、最大のポイントは、日本企業のリスク・テイク能力の低下にあります。日本経済は、90年代を通じて、企業の不良債権問題等の解決を先送りした結果、失われた10年というべき長期低迷を余儀なくされました。長引く資産デフレも影響し、多くの日本企業のリスク・テイク能力は大幅に低下し、投資対象の地域・業種を絞り込まざるを得なくなりました。この厳しい環境の下で、日本企業の多くは、相対的に情報が多く、成長期待も高かった「アジアの製造業」に投資を集中させ、80年代の累積債務問題の記憶が残るラテンアメリカに対しては手薄になったといえます。 しかし、最近のラテンアメリカ経済の安定した発展、そしてラテンアメリカで多くの欧米企業が活躍している現実をみると、今後、日本もラテンアメリカとの貿易・投資を拡大させる必要があることは、今や議論の余地もない事であり、また、ラテンアメリカにとっても、アジア、とりわけ日本との貿易拡大と高い国際競争力を持った日本の製造業の進出は、輸出市場を多様化することに依り、より持続的成長を目指す上で大きなプラス要因でしょう。最近、欧米企業がラテンアメリカに進出する場合、金融や通信など内需指向のサービス業が多い、あるいは製造業の場合でも企業内貿易が多いといった傾向が見受けられますが、日本の製造業が進出すれば、欧米型の進出では得られにくい幅広い産業への波及効果が期待できると思います。 2. 日本企業の可能性I:ラテンアメリカの中小企業の強化 そこで、ここから先は、日本とラテンアメリカの貿易・投資のパイプを太くしていくために何が必要か、日本側としての具体的な方策を二つ申し上げたいと思います。 第一に重要な方策は、ラテンアメリカの輸出構造、過去の日本とアジアの経験から見て、ラテンアメリカの中小企業への投資であると考えます。具体的な課題を、ブラジル・メキシコを例に紹介します。 まずブラジルの場合、最近の輸出は堅調ですが、輸出のGDPに対する比率は、99年時点でわずか9%であり、国全体の輸出指向は低いといえます。しかも、輸出の45%を外資系企業や天然資源を取り扱う国営企業など上位60社が占めていることから、ブラジル国内の企業の大半が輸出マインドを持っていないか、国際競争力を持っていないことを意味していると思われます。 しかし、最近のブラジルの自動車や携帯端末が示すように、輸出指向の強い産業は、先進国市場でも評価される高品質の製品を生産するために、設備投資や海外からの技術移転に積極的です。そして国際競争力を持った製品は、国内でも評価されて販売が増加し、企業は設備増強を進めるという好循環が生まれています。言い換えれば、輸出指向の強い産業・企業がブラジル経済を活性化しているのです。 今後、ブラジルが持続的成長をし、高所得国となる為には、輸出指向の高い企業の比率をさらに引き上げ、輸出拡大によって経常収支を改善し、通貨の安定性を高めることが必要でしょう。その場合、過去の日本の経験からみて、輸出指向の引き上げのターゲットとなるのはブラジルの中小企業であると思います。 一方、メキシコについては、輸出のGDPに対する比率は28%であり、国全体の輸出指向は相当高いといえます。問題は、中間財を中心に輸入が多く、メキシコの貿易・経常赤字を拡大させる要因になっていることです。これは、メキシコにおいて輸出型の加工組立産業が発展する一方、そこに部品を供給するすそ野産業の育成が遅れていることを示しています。しかも、加工組立産業とすそ野産業の発展のギャップは、メキシコにIT産業の加工組立基地の集積が進む傾向の中で拡大する一方です。 日本は60年代に輸出主導で高度成長を経験しましたが、輸出競争力の基盤の一つは大企業に良質・安価な部品を供給できる優れた中小企業の存在にありました。逆に、90年代半ばのASEAN諸国では、新しい設備で強い競争力を持った大企業とそうでない中小企業の格差が歴然としていました。この産業構造の下では、大企業が部品調達を輸入に依存せざるを得なかったため、貿易赤字の拡大をもたらし、4年前には最終的に為替レートの切り下げに追い込まれ、深刻な経済危機に見舞われました。この二つの事実が示すことは、中小企業の活性化、すなわち輸出指向が旺盛な中小企業を育成することが持続的な経済成長の必要条件であるということです。 ラテンアメリカの中小企業の強化という目標に対して、日本から協力できることは、経験・資金・市場を提供することであります。特に資金に関しては、日本の中小企業がラテンアメリカ諸国の中小企業に資本参加するという方法が考えられます。ラテンアメリカには、一定の人的資本や原材料の調達ネットワークなど貴重な経営資源を持ちながら、技術・設備に制約のある中小企業がたくさんあります。そうした企業に新しい設備・技術を導入すれば、短期間で競争力を引き上げることができるでしょう。 中小企業強化という観点では、日本政府と米州開発銀行が主導する「ジャパン・プログラム」において取り組みが始まっていますので、今後は、その展開に期待が持てます。なお当社独自の取り組みとしては、メキシコにおいて、日本の中堅の自動車プレス部品メーカーであるユニプレスとともに進出し、日産やGMなど大企業への部品供給で一定の成果をあげているという事例があります。 3. 日本企業の可能性II:輸出支援制度・FTA・インフラの強化 第二の方策は、ラテンアメリカの対日輸出を支援制度とインフラ強化によって促進することであると考えます。 例えばブラジル・ペルーなど、これまで国全体の輸出指向が低かった国では、輸出を支援する体系的な諸制度と輸出関連のインフラが十分に整備されていないと思います。 輸出を支援する諸制度という点では、我々のラテンアメリカでの事業活動で直面した問題を二つ紹介いたします。第一は、輸出支援の制度金融が不十分なことです。例えば日本では、国際協力銀行によるサプライヤーズ・クレジットが輸出支援の役割を果たしています。輸出指向の低いラテンアメリカの国々では、輸出促進の制度はあっても、輸出企業が誰でも利用できるほど身近な制度にはなっていない場合が多いと思います。第二は、ブラジルなど輸出保険制度がない国があり、そこでは全て企業の自己リスクで輸出を行わねばならないことです。日本では輸出保険制度が、輸出促進に大きな役割を果たしているだけに、同等の内容を伴った制度がラテンアメリカで整えられれば、輸出に積極的になる企業が増えると期待されます。 一方、ラテンアメリカ諸国と日本との自由貿易協定締結も対日輸出拡大の大きな鍵を握っていると考えられます。APECの枠組みでも自由貿易を進めていくことは重要ですが、時間を要しがちな多国間協定の補完的役割を二国間協定に求めていくことは一つの方法でしょう。この点では、既にメキシコが積極的な対応を進めていることから、今後は、日本側に国内の構造改革を含めたより大きな努力が求めらると思います。 次に輸出振興につながる重要なインフラとして、港湾設備の整備があります。例えば、輸出指向の強いアジア諸国は、港湾の重要性を強く認識して整備を進めているだけでなく、地域のハブ機能の獲得を目指して、各国の港湾同士が、価格・サービスの両面において激しい競争を展開しています。一方、ラテンアメリカの場合、輸出指向の高いチリにおいても、港湾の整備はこれからの段階であると思われます。また、ラテンアメリカ諸国の港湾間の競争メカニズムが機能するように、今後、各国政府は規制緩和等を進めるべきであると考えます。また、その段階において、日本もノウハウの提供やターミナル運営事業への参入などを通じて、協力関係を強めることができると思います。当社もタイにおいてコンテナ・ターミナル運営事業を行っています。タイでは、当社と台湾のエバーグリーンなど世界の有力企業がこの事業に参入し、激しい競争を展開することによって、同国の貿易の効率化に大きく貢献しています。 4. アジアとラテンアメリカを直結させることが必要 このような日本独特の協力方法を通じて、日本とラテンアメリカの経済関係が拡大・深化すれば、日本と他のアジア諸国の間に存在する深い経済関係に、ラテンアメリカが接続することになり、必然的にアジアとラテンアメリカの経済面での太いパイプが形成されることにつながるでしょう。 現在、環太平洋を見渡せば、経済関係という点では、米国とアジア、米国とラテンアメリカの間にのみ貿易・投資の太いパイプが存在する構図です。今年に入って、米国経済の先行き懸念が強まるなか、このような米国一極集中の構図は、アジア、ラテンアメリカ経済を不安定化させるリスクが高いと思われます。逆にいえば、アジアとラテンアメリカの間に貿易・投資の太いパイプが生まれることが、両地域、環太平洋そして世界の経済を安定させるためには重要なのです。 そのためにも、日本は、不良債権問題など構造問題を一刻も早く解決し、アジア最大の市場としての潜在能力を発揮することが必要です。 最後に、このアジアとラテンアメリカの結びつきを強めるための取り組みとして、先程ご紹介した日本政府と米州開発銀行が主導するジャパン・プログラムの内容をご説明したいと思います。このプログラムは、アジアとラテンアメリカが互いの経験と知識を共有することを目的としており、97年のIDBイグレシアス総裁と日本の橋本首相との会談をきっかけに計画が練られ、99年に日本が約3,000万ドルを拠出し、事務局を米州開発銀行に置き、実施期間を15年間とする形でスタートしました。今のところ、このプログラムは、先に述べた中小企業強化のほか、金融危機、環境保護、農業振興などのテーマについて、データベースの作成、ワークショップの開催や一部のパイロット・プロジェクトなどが進んでいます。今後、このプログラムを活用して、アジアとラテンアメリカの知識の共有が進めば、経済関係の強化に大きく貢献するでしょう。 このような取り組みを通じて、日本、そして他のアジアとラテンアメリカが努力することを祈念して、スピーチを終わりにしたいと思います。 |